GIDとして生きる 12

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「GIDとして生きる」カテゴリーの記事はGIDのしむこれさんに書いて頂いた記事です。詳しくは「はじめに」をご覧ください。

#12 私が求めるもの。理想と現実。

こんにちは、しむこれです。今回は私が生きる上で社会に求めることについてお話したいと思います。このブログを始めることになった理由はいろいろありますが、性別を変えて就職活動を行うという大きな挑戦をしたためです。当然、採用枠も男女によって異なる場合もあり、それだけでなく仕事内容はもちろん、髪型や服装、マナーまでもが性別によってはっきりと分かれているのが現状です。これらの条件が厳しくしている企業になればなるほど就職活動は厳しいものでした。
私の場合、カミングアウトしたことが原因で不採用になったり、採用されたとしても就業スタートして何らかの制約が課せられるのであれば、その企業は見捨てて次を探すというスタンスで次々と面接を受けてきました。どの道長くは続かないと判断したためです。
今回の経験を通して思ったことは、男女平等ではなく人間平等の社会にすべきだと考えました。あえて男女で区別する必要のないものは、積極的に性自認である「女性」として通しています。いくつか例を挙げてみたいと思います。先日、某携帯ショップにて携帯電話の契約を行いました。申込書に氏名・住所・電話番号・性別・契約プランなどを記載しましたが、性別には「女」に〇をつけ、本人確認書類として免許証を提示しました。免許証には性別欄の記載がなく、結果として契約審査に通り開通できました。ほかにも家電量販店の会員証、クレジットカード、定期券など、日常生活で必要なものについてはすべて女性として記載しています。
このことについて虚偽申告だと思われる方もいるかもしれません。しかし、先ほど挙げたものの中に性別の区別がなぜ必要なのでしょうか。服装や容姿が女性で、会員証に男性と記載されていると店員が困惑したり、場合によってはトラブルにも成りかねません。むしろ日常生活を送っている性別で記載したほうが良いのではないかと考えています。そもそも、会員番号や電話番号からその人の特定ができるため、あえて性別を登録する必要はないのではないでしょうか。また、海外での事例を例にすると、アメリカの場合、あくまでガイドラインとして「男性と性自認している方は男性トイレ、女性と性自認している方は女性トイレを使う」という通達が出ていると聞きました。必要以上に性別にとらわれないような社会になると生活がさらに便利になるのではと日々思っています。
次回ですが、女性名の変更についてお話させていただきたいと思います。転職を行う過程で男性名であることが障壁となっていたため、そこを詳しく説明させていただきます。